【旅館業法】【民泊新法】【特区民泊】宿泊施設のM&Aで注意すべき点を民泊専門特定行政書士が詳しく解説します

宿泊施設のM&Aは、一般的な企業買収とは大きく異なる特殊性を持っています。
その最大の理由は、許認可の承継問題にあります。旅館業許可、住宅宿泊事業の届出、特区民泊の認定など、宿泊事業には様々な行政手続きが必要であり、これらの取扱いを誤ると、営業停止や想定外の追加投資といった深刻な問題を引き起こします。
特に2023年12月の旅館業法改正により、事業譲渡における許可承継の道が開かれましたが、新たな手続きとリスクも生まれています。本記事では、宿泊施設M&Aにおける許認可承継の実務を、最新の法改正内容を踏まえて分かりやすく解説します。

2023年法改正の重要ポイント

旅館業許可の承継について

法改正の背景と概要

従来、旅館業の営業許可は「営業者個人」に与えられる許可であり、営業者が変わる場合は原則として新規許可申請(いわゆる「廃新」)が必要でした。
これにより、許可取得までの営業空白期間が発生し、M&Aの大きな阻害要因となっていました。

2023年12月13日施行の旅館業法改正により、この問題が大幅に改善されました。

新制度の仕組み

改正法では、以下のケースで営業許可の承継が可能となりました:

【承継可能なケース】

  • 合併・分割(従来から可能)
  • 事業譲渡(新たに追加)

【承継手続きの流れ】

事前協議

承認申請は事業譲渡の効力発生前に完了させる必要があります。譲渡実行後の申請は認められません。

承認申請

譲渡を証明する書類など、申請に必要な書類を添付して、譲渡人および譲受人が連名で申請します。
申請後は、従前の許可を取得した当時の構造設備が維持されているかを確認するため、保健所職員による立入検査が実施されます。

承認書交付

審査が完了したら承認書を受け取ります。

事業譲渡実行

承認書交付後に譲渡を実行します。営業許可の承継は完了です。

許可ではなく「届出」です

住宅宿泊事業(民泊新法)の承継について

制度の特徴

住宅宿泊事業は届出制のため、旅館業のような「許可」ではありませんが、営業者変更時には適切な手続きが必要です。

承継手続き

【必要な手続き】

  • 旧営業者:廃業届出
  • 新営業者:新規届出または変更届出

【主な提出書類】

  • 住宅宿泊事業変更届出書
  • 登記事項証明書
  • 欠格事由に該当しない旨の誓約書
  • 住宅の図面等

住宅宿泊事業に特有のリスク

年間180日制限の管理

住宅宿泊事業では年間営業日数が180日に制限されており、営業者変更時の日数管理の引継ぎが重要です。

条例による上乗せ規制

自治体によっては独自の規制があり、営業者変更を機に新たな規制への適合が求められる場合があります。

特区ごとに手続が異なります

特区民泊の承継について

制度の概要

国家戦略特区における特区民泊は、各特区ごとに独自の認定制度が設けられています。

承継の課題

認定の属人性について

特区民泊の認定は特定の事業者(個人・法人)に与えられるため、M&Aの際は以下の対応が必要です:

  • 再認定申請:新事業者による新規認定取得
  • 変更認定申請:一定の要件下での認定承継

変更認定申請が可能なケース

変更認定申請による認定承継は、以下の限定的な場合に認められます:

1. 法人の合併・分割
  • 存続会社・新設会社への認定承継
  • 合併契約書・分割契約書での特区民泊事業承継の明記が必要
  • 事前の変更認定申請が必須
2. 相続による承継
  • 個人事業者の死亡による相続人への承継
  • 相続開始から一定期間内(通常6ヶ月以内)の申請が必要
  • 相続人が欠格事由に該当しないことが条件
3. 法人の代表者変更を伴う実質的承継
  • 株式譲渡により実質的支配者が変更される場合
  • 一部の特区では変更認定で対応可能
  • ただし、多くの特区では再認定申請が必要

大阪市における取扱い

大阪市では、特定認定申請(新規申請)が必要となるケースを明確に定めており、M&A関連では以下の通りです:

特定認定申請(新規申請)が必要なケース
  • (b) 経営者が変わる場合(営業権の相続、譲渡、法人の合併など)
  • (c) 組織が変わる場合(申請者が個人⇔法人)
変更認定申請で対応可能なケース
  • 大阪市の手引書では、M&Aによる承継について変更認定申請での対応可能性は明確に示されていません
  • 基本的には営業権の譲渡や法人の合併は新規の特定認定申請が必要とされています
ホテルなどのM&A

宿泊施設のデューデリジェンス(DD)

許認可DDの必要性

宿泊施設M&Aでは、通常の財務・法務DDに加えて、許認可DDが極めて重要です。
宿泊施設は旅館業営業許可、特区民泊特定認定、住宅宿泊事業届出のどれかが必要ですが、それらの許認可等が引き継げなかった場合にはビジネスモデルが全て破綻してしまい、買収の目的が全く達成できなくなってしまいます。

許認可DDのチェックリスト

基本書類の確認

  • 営業許可書・届出受理書等の原本確認
  • 申請時の図面と現況の整合性
  • 消防法・建築基準法適合証明書
  • 定期点検・報告書類の完備状況

現地調査項目

  • 許可・届出内容と現況の一致
  • 違法建築・違法改修の有無
  • 消防設備・避難経路の適合性
  • 近隣住民との関係性

行政対応履歴

  • 過去の指導・違反履歴
  • 苦情・トラブル対応記録
  • 改善命令・営業停止処分の有無
  • 将来の改修義務・更新時期

契約関係の確認

  • 賃貸借契約における転貸可能性
  • 賃貸借契約における所有者の承諾
  • 管理組合規約・使用細則との適合性
  • 近隣協定・覚書の存在

DDで発見される典型的な問題

建築基準法違反

  • 用途変更手続きの未実施
  • 採光面積・排煙設備の不適合
  • 容積率・建蔽率の超過

消防法違反

  • 自動火災報知設備の未設置
  • 避難器具・誘導灯の不備
  • 防火管理者の未選任、消防計画の未策定

近隣問題

  • 騒音・ゴミ問題による苦情
  • 管理組合との紛争
  • 住民協定違反
スキームによっては許認可手続が不要

M&Aスキーム別の承継方法

株式譲渡の場合

メリットデメリット
✅ 許認可承継手続き不要❌ 簿外債務リスク
✅ 営業空白期間なし❌ 税務上の優遇措置限定
✅ 手続きが比較的簡単❌ 不要資産も承継

事業譲渡の場合

メリットデメリット
✅ 必要な資産のみ取得可能❌ 許認可承継手続き必要
✅ 簿外債務リスク回避❌ 営業空白期間のリスク
✅ 税務上の優遇措置活用❌ 手続きが複雑

会社分割の場合

メリットデメリット
✅ 許認可承継可能❌ 分割計画の複雑性
✅ 税制適格要件で優遇❌ 債権者保護手続き必要
✅ 事業の一体承継❌ 時間とコストがかかる

宿泊施設M&Aのよくある質問

Q
旅館業許可の承継申請中に営業を継続できますか?
A

承継申請中であっても、承認書が交付されるまでは従前の営業者(譲渡人)の許可で営業を継続します。承認書交付と同時に事業譲渡を実行し、営業者が変更されます。

Q
建築基準法違反が判明した場合の対処法は?
A

違反の内容により対応が異なります。軽微な違反であれば改修工事で対応可能ですが、重大な違反の場合は営業許可の取消しリスクもあります。専門家による詳細調査が必要です。

Q
住宅宿泊事業で180日を超過していた場合、M&Aにどう影響しますか?
A

法令違反状態のため、まず是正措置を講じる必要があります。自治体による指導や処分のリスクがあり、M&A価格にも大きく影響します。

Q
近隣住民からの苦情が多い施設のM&Aリスクは?
A

継続的な苦情は営業許可の取消し事由となる可能性があります。苦情内容の分析、改善策の検討、場合によっては近隣住民との合意形成が必要です。

本文書は一般的な法的解説を目的としており、個別案件については必ず関係自治体との事前協議および行政書士へのご相談をお勧めいたします。

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この記事を書いた人

特定行政書士  戸川大冊

特定行政書士  戸川大冊

旅館業許可・住宅宿泊事業・特区民泊などの宿泊施設許認可および政治法務が専門で、「民泊許可」の第一人者。様々な観光系企業の顧問や大学での講義を担当している。
テレビ朝日「羽鳥慎一モーニンショー」、フジテレビ「めざまし8」、NHK「おはよう日本」、テレビ東京「ワールド・ビジネス・サテライト」、TBS「ニュース23」など多数のテレビ番組に出演。